<span itemprop="headline">小出先生のお話(続き)</span>
小出先生のお人柄については
講演の要約と前半
(続き)・・・・・
日本が取り出したプルトニウムはイギリス、フランスからのもの。日本に戻ったのが青い部分。これで、長崎の原爆を4000発作れる。
日本にはそれだけのプルトニウムがある。
世界から見れば、使い道のないプルトニウムを持っている日本は怪しい国。
この不要なプルトニウムを燃やさなければ、日本は世界から信用されない。
あきらめない理由とは??
核兵器だと思う。
この言葉の意味を考えると、同じ言葉なので、核開発なのか?平和利用なのかわからない。
核を開発するイランを責める世界だが、では、日本はどうなのか?
イランがすると、核開発で、日本がすると原子力の平和利用なのは変ではないか?
日本国憲法ではどうなっているか??
こちらを見て下さい。
「核兵器については、製造能力は常に保持しなければいけない。」
さらに、外務相の談話では、
「核の保有能力は持つが、当面、政策としては持たないという形でいく。
そのためにも、プルトニウムの蓄積と、ミサイル転用の技術を開発しておかなければならない。」
核兵器保有という可能性を日本はずっと持ち続けてきた。
この明確な平和条項を、どう解釈すれば、
このような(核を保有しておくという)見解になるのか??
下の表は、世界の軍事費トップ10
世界最大の軍事費トップはアメリカだが、それにドイツ、日本と続く。
日本は10指に入る巨大な軍事国家。
さて、ここは教会。
教会が戦争に対してどんな役割を果たしたか?
反対した教会も、加担した教会もあったと思う。
マルチン・ニーメラーについては、こちらwikiを参考までに・・。
(「マルチン・ニーメラー牧師」の話をされる小出先生。)
「1933~1943の間に、24万人の人が、ナチスの焼却炉で焼かれ、殺された。
それをニーメラー自身は知っていた。
(用意された資料を読み上げる先生)
(有名な、マルチン・ニーメラー牧師の告白)
資料
「1937年7月から、1945年の半ばまでは私にはアリバイがある。(収容所に入れられていた)。だが、おまえは問われている。
「1933年から、1937年の7月まで、おまえはどこにいたのか?」と。
私は、この問から、逃れることはできませんでした。
1933年には、私は自由な人間だったのです。」
小出先生
「私は今、(ニーメラーと同じく)自由な人間としてここに立っています。
そして、この国(日本)では、原子力が進められている。
原子力の問題も同じ。
歴史はつなげていかないといけない。
日本が核を持ち続けることについて、何もしなければ、私もニーメラーと同じ後悔をすることになる。
それ(原子力の開発)を止めるために私は語っていきたい。
私一人ではできないが、皆さん一人ひとりの力を借りていきたい。
ありがとう。」
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講演内容は以上です。
教会で行われ、しかも9条の会主催とあって、
今回の講演は、主催者側の意向に沿った形での内容だったと思います。
政治は嫌いと仰っている小出先生ですが、
9条の会主催の会の講演をお引き受けになったことで、
科学者として、自分の立場や信条を明らかにされた勇気には感服しました。
もう一点、同様に、キリスト教会で行われたことで、
「黙っていてはいけない。
マルチンニーメラーと同じように、きっと後悔することになる。
反対していく勇気と行動を・・・!」・・と、
クリスチャンに、そして聴衆の一人一人にも呼びかけられたことが心に残りました。
非常にたくさんの知識と、今回はマルチン・ニーメラーやヴァイツゼッカーの
言葉も登場し、人間への関心と人生への思索の深さにも感嘆しました。
質疑応答は 長くなるので次の記事へ
転載元: mimiの日々是好日