riboni5235’s diary

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<span itemprop="headline">【戦争法案に反対する全国若者一斉行動&#10006;&#65039;東北デモパレ】学生による街頭宣伝でのスピーチ</span>

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【戦争法案に反対する全国若者一斉行動✖️東北デモパレ】学生による街頭宣伝でのスピーチです。
 
 
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みなさんこんにちは。私はSEALDsTOHOKUのメンバーのひとりで仙台の大学生です。こんなところにたって注目を浴びるのは正直かなり抵抗がありますが、それでもみなさんに聞いてほしい事があるから、伝えたいことがあるからこうしていまマイクを握っています。

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2015年7月15日、衆議院で安保関連法案が強行採決されたとき、日本の民主主義が完全に終わってしまったとおもいました。野党議員に囲まれ原稿 を奪われそうになりながらも怒号のなかで法案の可決を言い渡した浜田委員長の姿は、目の前の相手の訴えなど聞く気も見る気もなく、ただ自分の目的だけを遂行する感情のないロボットのように、そんなふうにわたしには見えました。言論の府である国会とは対話の場所ではないのか、こんなことが許されるのか。異様な光景に愕然とし、肩の力が抜けたのを覚えています。



求められた対話にこたえることは政治家以前に人間としてあたりまえのことではないでしょうか。嘘をつかない、ごまかさない、言い訳をしない、そして聞かれた質問にきちんとこたえる。そんな基本的なことが、いまの安倍政権には通用しません。真剣な議論の最中に「そんなことはどうでもいい」といい、ヤジを飛ばしてニヤニヤし、前の日に存在も知らないといった文書を次の日には自分が作成を指示したものだという。安倍政権がこれまで見せてきた態度は目の前の人間への誠実さにかけるものです。

それはつまり国会という場、民主主義というシステム、そしてわたしたち日本国民への誠実さの欠如を意味します。真摯な対話により合意形成をはかりあるべき社会をめざすこと、これをいまの安倍政権に期待することはできません。

2011年3月11日、高校生だったわたしは福島県で被災しました。ごはんを食べて、勉強をして、部活をして、友達と遊んで。留まることなくながれていくと思っていた日常があの日ぶつりときれました。原発事故はまぎれもなく人災です。政治はときに国民の日常や人生を破壊するということを福島の人々は自分たち自身の体験ではっきりと知りました。原発事故の責任追求も放射線被爆による被害の実態調査もなにもおわっていません。しかしつい先日、多くのひとびとが再稼働反対を訴えるなかで鹿児島県川内原発が再稼働してしまいました。

現在も故郷に帰れない福島の人々に対する誠実さとは、帰郷を促す事ではなく、原発事故とはなんだったのか、なぜ起きたのか、なぜ福島にはたくさんの原発があったのか、そしてどうすれば事故を二度と起こさずにすむのかということを本気で考えることではないでしょうか。

同様に、70年前犠牲になった方々への誠実さとは、日本が起こした過去の戦争の正当化をすることではなく、あの戦争でどれほどの人が犠牲になり、どれほどのものを失ったのか、どうして沖縄で無残な集団自決がおき、広島長崎に原子力爆弾がおとされたのか、中国や朝鮮半島アジア諸国で何が起きたのか、ということを本気で考えることではないでしょうか。そのうえで国としての過ちをしっかり認めて反省し、謝罪し、二度と戦争は繰り返さないと強く誓い、そのために外交努力を続けることではないでしょうか。


原発事故も戦争もまだおわっていません。沖縄戦の記憶はいまも沖縄のおじいやおばあを苦しませ、福島では多くのひとがふるさとの将来に絶望せざるをえない状況です。

国民の声を聞かず、過去を顧みない、そんな愚かな政治がいまの日本では当たり前になっています。こんなおかしいことありません。



2015年7月15日、たしかにあの瞬間、民主主義は安倍政権によって殺されました。しかし、それはわたしたちによる新しい民主主義が生まれた瞬間でもありました。わたしのように選挙も体験したことのなかった若者や、選挙しか政治参加の手段を知らなかった多くの人々が、新たな力強い民主主義の担い手として誕生しました。デモや集会、SNS、マスコミなどを通じ社会にたいして声を挙げています。残念なことですが今の社会で政治的意思表示をすることはリスクを伴います。いわれのない誹謗中傷にあったり、むやみに不安をかきたてられたり、ときに家族や友人から距離をおかれたりする人もいるとおもいます。大学生、高校生、大学院生、お母さん、中高年のかた、高齢のかた、大学教授、弁護士、有名人、それぞれがそれぞれの事情や立場ゆえに声を挙げることへの不安や恐怖を抱えているはずです。それでも多くの人が勇気をだして乗り越え、おかしいことはおかしいと、政治的意思決定は国民がしなければいけないのだと声を挙げています。国民を無視した政治はもはや許されません、この国の国民主権はいま、大きく飛躍しています。

今日は2015年8月23日、若者を中心に全国で一斉に安倍政権と安保関連法案に反対の声をあげるという歴史的な日です。全国どこにいたって国民一人ひとりが政治の主権者であることを示すことができます。民主主義は理想の概念ではなく、具体的な行動にあるということを示すことができます。安倍首相の政治は国民を無視しているのではないかとなんとなくでも感じているみなさん、戦争のできる日本にはしたくないと思っているみなさん、いまからでも遅くありません。一緒に声を挙げましょう。日本全国、全世代で新しい民主主義をつくっていきましょう。



2015年8月23日 わたしは安保法案に反対します
 
SEALDsTOHOKU FBより


転載元: 幸せの青い鳥