riboni5235’s diary

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<span itemprop="headline">文化勲章受賞した仲代達矢さんが「“大反戦劇”をつくって死んでいきたい」──「毎日爆撃を受けて逃げ回った少年時代思い出す。今の政治家は“戦争を知らない子どもたち”だ」</span>

政府は30日、2015年度の文化勲章を俳優の仲代達矢(82)ら7氏に贈ることを決めた。
歌舞伎以外の俳優では、91年の故森繁久彌さん、00年の故山田五十鈴さん、05年の故森光子さん、13年の故高倉健さんに次いで5人目。健さんと同じく82歳での受賞となる。
 
仲代さんは、東京都世田谷区の「無名塾」で、亡き妻の宮崎恭子(やすこ)さんが愛用した椅子を自らの脇に据えて会見に臨んだ。
 
1975年、脚本家・演出家だった宮崎さんと無名塾を立ち上げた。二人三脚で俳優を育て、役所広司さん、若村麻由美さんらを輩出してきた。96年、妻が他界したときだ。「俳優をやめるか、無名塾をやめるか」の岐路に立た、悩み続けたがどちらも両立させる道を選んだ。
 
仲代さんは「受賞は、これまで出会った監督や、無名塾で一緒に勉強している若い俳優たちのおかげだと思うので、皆さんと一緒にこの章を頂きます」と語った。
 

 
 
そして、「反戦映画を撮るんだ」と映画「乱」に臨んだ黒澤明監督の遺志を受け継ぎ、自身も「戦争体験者」としての使命を感じているという仲代さんは「今後は、戦争を知る最後の世代として、大反戦劇をつくって死んでいきたいと思います」と述べた。
 

 
 
 
以下は記者会見の一部。
 
 
どうも、お忙しい中、わが無名塾の稽古場までおいでくださいまして、本当にありがとうございます。
えーっ、今度の受賞に関しましては、本当に有難く頂戴いたします。
 
記者「お隣に奥様の恭子さんの席をご用意されていますけれども、今日はどういった思いでそちらのお席をご用意されたのでしょうか。」
 
女房の宮崎恭子が二人で無名塾をつくってやっておりましたが、残念ながら20年前にすい臓がんでなくなりました。無名塾を40年やっております。
いろんな、若い俳優、あとで出てきまいりましたけれども、まぁ、一番喜んでいるのは、この賞をいただきまして喜んでるのは、宮崎恭子、隆巴(りゅうともえ)、亡き彼女だと思っております。
 
さきほどから、現役はそろそろだ、と言っておりますが、“大……”まぁ、もちろん、作品の内容も、メッセージを流すだけでなくてね、“反戦劇”をつくって死んで行きたいなあーと思っておりますけども。
東京におりまして、毎日爆撃を受けてですね逃げ回っていた少年時代を思い出しますと、あのーなんだろう、今の、私83歳になろうとしていますが、今の政治家にしてもですね“戦争を知らない子どもたち”ですよ。
ですから、まぁ、そこは本当に平和を願っています。
 


転載元: TABIBITO