<span itemprop="headline">憲法改正誓いの儀式 youtu.be/h9x2n5CKhn8 衛藤晟一「いよいよ、ほんとに憲法を変えられる時がきた」 稲田朋美「国防軍を創設する、そんな憲法草案を提出いたしました」 礒崎陽輔 「戦争は</span>
濁世に生きる学院倶楽部からのメール
Youtubeにあげられた動画をご覧ください。
(引用開始)
本音
(引用終わり)
2014年12月の選挙のときに安保法制のことは271番目に書いてあっただけなのに一番時間をつかって最後強行した。
しかし選挙後にはおおさか維新を含めて3分の2を超えるとあっというまに国会発議、そして18歳の子どもを巻き込んで国民投票につきすすんでいきます。国民投票があるから18歳選挙権にしたんですよね。せめてイギリス程度の国民なら、スコットランド独立、EU離脱残留の国民投票をしていてもカッコウがつきますが、日本の場合、ものすごく心配です。
ご覧いただいたでしょうか、Youtube。
けされる前にぜひ見ておいてくださいね。
本音が語られています。
戦前か北朝鮮かと見まがうばかりです。
女子高校生に言い負かされた磯崎だとか、稲田とか衛藤だとか、一番トンデモが長勢ですが、
あと城内だとか、西田だとか下村だとか、ああいうのが今の自民党政権の中枢にいるのです。
それすら不満だというのが元法務大臣で死刑執行多発の長勢。
長勢発言をもって、実質上、担保されていないものと考えていいでしょう。
戦争は始める前にとめないといけない。
終わってからでは遅いし、大変な困難を強いられる。
憲法改悪は変えられるてしまう前に阻止しなければならない。
なぜならば一度変えられてしまえば改悪阻止できなくなってしまうのである。
我々は学び、そして戦う「武器」を持たなければならないのである。
立ち上がらなければならないのである。
前泊先生は条例を「武器」にしようと言った。
学べば、気づけば、手近に武器はあるのである。
もちろん、武器といって、刃物や銃弾を手にしろと言っているのではない。
言論の「武器」を持たなければならないのである。
新9条論を見ていると、そうした「武器」を手薄にしているようにさえ思えてくる。
そんな軽いものではないのが9条なのだ。
9条2項、ここがポイントだ。
軍隊は国民、民衆を守らない。
沖縄では日本軍は県民を殺した。
自衛隊法に何て書いてあるか。
国民を守るとは書いていない。
第1項 自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対しわが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当るものとする。
警察は当初沖縄県警が担当していたが、みなマスクをして顔を隠していた。かつての学生運動などでは国民の側が顔を隠していた。今は警察が顔を隠すのである。なぜなら、顔をさらしていたら警官は家に地域に帰れないからである。だから途中から縁もゆかりもない警視庁機動隊が投入された。彼らは豪華ホテルに泊まって「仕事」をした。
そして自衛隊である。
軍隊もそうだが、自衛隊も国民を守るものではないのである。
守るのはあくまでも国。
1946年日本国憲法が主語とするのは「国民」、「日本国民」だ。全く正反対。
憲法の主語が「国民」と認められるのは、スイス(「スイス国民と邦」)、
ドイツ基本法(1949)(「ドイツ国民」)
フランス第五共和国憲法(1958)(「フランス人民」)
1788合衆国憲法も一応「われら合衆国人民」
イギリス憲法はとりあえずおいておく。
イタリア憲法(1948)は共和国が主語。
となっていて、韓国と中国はともに、自国の偉大なる歴史をほこるところから始まっている。
一番嫌悪しているはずの中国・韓国と類似性が高い。
皮肉なものだ。
そもそも安倍晋三が台頭してきたのは
ミイラ取りのつもりがミイラになってしまったのと同じ。
ああ、少し勉強してしまった。
動画紹介だけのつもりが、長くなってしまった。
学会誌を開いてあるのをみてある学生が「先生、勉強していますね」と声をかけていた。
そういうことに目敏い子もいるのである。
これでも随分と勉強しなくなったほうだと嘆いているのである。
今日は、帰りに片付けようとして、始めて昼飯を食べていなかったことに気づいたのである。
こんなことはじめて。
そのころからSEALDsがマスコミに取り上げられ、おかしくなった。
確かにSEALDsはどんちゃかやっていたが、
周りにいたのは高齢者である。
SEALDsになると帰っていったりした。
一人で来ていた若い姉ちゃんも、もちろんいた。
務め帰りのサラリーマンも、もちろんいることはいた。
でも平和憲法を守ろうとしているのは高齢者。
戦後をずっと生きてきた人たち。
SEALDsは改憲派。
新9条派。
あいち平和映画祭が今年は5月15日にあったが
あれに来て下さった方も大半は、60代と70代。
40代まではきれいに少なかった。
50代もあまり多くはなかった。
平和を守る気持ちが強いのは明らかに高齢者。
戦後を知っている高齢者。
そして一方で、投票率が高い世代も高齢者。
どうして高齢者が多く投票して平和志向政権ができないのだろう?
川口創弁護士も指摘していたが、
今の安倍政権を支持している中核は40代サラリーマン。
そいつらとあと無自覚な高齢者が与党に投票しているのだろうか。
お寺を見ていても分かるが、
いのちとか平和とか言っていても、
平気で自民党支持したりする。
大東さんに拍手を送りながら、自民党と付き合ったりする。
精神が分裂しているか、自覚が薄すぎるのか、お人好しなのか、妙好人をはき違えているのか。
ちょっと言い過ぎなのかもしれないが、
私にはまだそれがとても理解できない。
ただ、面と向かって説得する技量を未だ持ち合わせていない。
その点、お寺よりもキリスト教会のほうがまだマシに見えてくるのが正直なところだ。
そろそろ日付が変わるのでこのあたりにしておこう。
昨日のあいち平和映画祭の人たちは、与党は議席を減らすと言っていたが、
民進党のある人は、(選挙だからというのもあるが)愛知県でもかなり厳しいと言っていた。
1年以上前からしっかりポスターを貼っているところはまず2議席は固い。
伊藤孝恵は候補者としては合格だと思う。
ただ繰り返すように、取り巻きがまったくだめ。
今日も野田が野並に応援に来たそうだ。
須山は公明を追い越せないだろう。
民進と共産がどれだけ票を上積みできるか、それとも奪い合うのか。
1自民
2公明
3民進
4民進 または共産
5共産 または民進
といったところだろうか
まず斎藤ということもよく分かる。
選挙に行っていないひと、行かなくなった人をいかに投票してもらうかが大事。
下手すると史上最低の投票率にもなりかねないのだ。
静かすぎるこの参院選。
眠り続けず、また眼を覚ましたいと思います。
おやすみなさい