riboni5235’s diary

英国庭園、ミュージカルファン、親子・ペアのアメショー3匹と暮らしています.バラ栽培アンティークも大好きです。よろしくお願いします!

<span itemprop="headline">フクシマモナムールを観て</span>


Gr�・�・e aus Fukushima | Trailer 1 | Deutsch HD German (Doris D�・rrie)
若いドイツ人女性のマリーは、夢破れた失意から「クラウンズ・フォー・ヘルプ」(←「お助けピエロ」の意味)という名の慈善団体に登録し、ボランティアのため日本に行くことにした。2011年のトリプル災害(Dreifachkatastrohe:地震津波原発事故のこと)のために住む家を奪われ避難所生活の続く福島の人々を元気づけるためである。避難所生活者に高齢者が多いのは、遠くに行きたくない、あるいは行きたくても行くことができないからである。ところが、日本でのマリーは次第に自分がこの仕事に向いていないと感じるようになり、再び逃げ出そうとする。そしてその直前、「福島の最後の芸者」とも呼ばれる頑固頭のサトミと出逢う。サトミは、立ち入り禁止区域内にある壊れた自宅に戻って生活していくことを決意。そこでマリーは一緒にサトミの家の片づけを手伝うことに。若いドイツ人女性とかなり年上の日本人女性という”違い過ぎるほどの二人”は、少しずつ心の距離を縮めていき、その過程でお互いが自らの過去の亡霊と向き合うことになっていく…。


最初のほうと最後の猫のかぶり物、ああこう繋がってるのね。

若いドイツ人女性が愚かな行動から幸せを失いフクシマにやってきました。
フクシマ最後の芸者サトミを手伝うことになります。

地震津波放射能で汚れた家を二人で綺麗にしていきます。

夜には亡霊が現れます。

同じ被災者の前に現れないで官邸や東電トップのもとへ行ってと思います。

生き残った被災者が広島や長崎と同じく死んだ人に罪悪感を感じてしまうのですね。

サトミがドイツ人女性にお行儀やお茶の立て方など教えるところを丁寧に描いています。


ベルリン時事】開催中の世界三大映画祭の一つ、第66回ベルリン国際映画祭で19日、東日本大震災後の福島を舞台にしたドイツ映画「フクシマ・モナムール」(ドリス・デリエ監督)が「ハイナー・カーロウ賞」を受賞した。

福島を訪れたドイツ人女性が、仮設住宅で暮らす年配の芸者と交流を深め、前向きな気持ちを取り戻していく物語。女優の桃井かおりさんが芸者役を演じた。

ドリスデリエは映画監督、作家、プロデューサーである。現在59歳の同監督は1980 年代、「男たち(Männer)」のヒットで有名に なった。日本では彼女の作品のうち、「MON- ZEN」、「漁師と妻」、「HANAMI」が上映された。2013年10月から12月にかけて、ドリス・  ...

「また日本で映画を撮れたら一番撮りたいところは福島」
ドリス・デリエと日本、それは長い友情の物語だ。彼女はすでにいくつもの映画を日本で撮った。今回、彼女は3ヵ月にわたる京都滞在中、もう一度日本との関係を強めることができた。彼女は、まず双子を探し始めた。

デリエさん、日本への愛情をどのようにして学んだのですか?
デリエ:学ぶなんてことはありませんでした。日本が私に襲いかかって来たという感じです。大抵の人にっとっても同じだと思います。
それはいつのことですか?
1984年です。私の最初の映画ができたばかりのとき、東京映画祭に招待されました。ずっと映画館に座っているつもりはなかったので、電車に乗って当ても なく出かけました。それがすっかり気に入ったので、自分がどこにいるかわからなくなるまで乗り続けました。もちろん人々と話すことはできませんでした。何 があっても戻れるように、日本語で「東京」と書かれた一枚の厚紙だけを持っていました。それでも意思疎通はうまくいったのです。それは目が覚めるような体 験でした。自分が全然言葉に頼っていないことに気づいたのです。それ以後、繰り返し日本に行きたいと思うようになりました。
日本では何が特別なのですか?
珍しいブレンドです。一つは日本人の細やかな気配りがいつも私の心を捉えることです。他人に向けられた細心の視線です。ドイツではまさに逆です。西洋では 誰もが「自分にとって良いことは何か」を自問するようになってしまいました。日本では出発点にはあるのは自分ではなく、他の人々なのです。日本に行くたび に私を魅了するのが、この見方、考え方、感じ方の違いです。私が興味を覚えるもう一つのことは、美的評価への強い欲求です。世界を整理し、美しくすること への憧れです。初めて日本に来ると、一種の美の衝撃とでも言うべきもののとりこになってしまいます 。
最初の訪問から、日本はとても変わったと思いますか?
はい。当時、日本と西洋との接点はまだそんなに強くありませんでした。実際、田舎では子どもたちが私のほうにやってきて、じっと見つめたものです。その後、西洋に向けて大きく開かれました。ところが今再び揺り戻し後退の局面を経験しています。
(…)
インタビューの続きは東京ドイツ文化センターのホームページをご覧ください
ドリス・デリエは映画監督、作家、プロデューサーである。現在59歳の同監督は1980年代、「男たち(Männer)」のヒットで有名に なった。日本では彼女の作品のうち、「MON-ZEN」、「漁師と妻」、「HANAMI」が上映された。2013年10月から12月にかけて、ドリス・デ リエはヴィラ鴨川に滞在した。ゲーテ・インスティトゥートは年3回、それぞれ4人の芸術家を鴨川のほとりにあるレジデンスでの3ヵ月の滞在に招聘してい る。センターでは数多くの滞在の形に対応していて、異なるターゲットグループを設定している。
    

外国人女性監督がよくフクシマの女性の映画を作ってくださいました。
俳優も良くやってくれています。

ドイツやイタリアと違い大事故が起きても原発が稼働している日本、
情けなくてたまりません。