徳川美術館、徳川園、花開く明治の西洋音楽
徳川美術館へ←公式サイト
ここはpからの入り口、正面入り口ではありません。
隣に児童公園が有ります。
大名庭園が再現される前は無料の牡丹園や図書館が有りました。
徳川美術館は外観デザインを公募。
1932年着工、帝冠様式
近代的設備を備えた画期的な美術館としてヨーロッパの建築界にも紹介されました。
黒門、2年前の画像。
刀剣、鎧、茶道具、能舞台、能装束等は二の丸御殿を再現した展示室にあります。
今回は青貝の刀剣が目を引きました。
つばにはつくしの模様、少年のお祝の刀剣で青貝が非常に美しい。
これらの展示が充実しているのでゆっくり見ていると、特別展の展示を観る時間、庭散策の時間がなくなります。
国宝源氏物語絵巻は限定公開です。
千代姫の初音の調度が有名。
霊仙院(れいせんいん、寛永14年閏3月5日(1637年4月29日) - 元禄11年12月10日(1699年1月10日))は、江戸幕府3代将軍徳川家光の長女で、尾張藩主徳川光友の正室。母は側室の自証院。名は千代姫(ちよひめ)。徳川家綱、徳川綱重、徳川綱吉の異母姉である。
家光の子女の中で家光の血筋を現在にまで伝えているのは女系の千代姫の血筋のみであり、今上天皇にも繋がる[2]。千代姫には3人の異母弟(家綱、綱重、綱吉)がいたが、家綱は死去時に実子がなく[3]、綱重の系統は孫の代で断絶[4]綱吉には鶴姫と徳川徳松の1男1女がいたが2人とも早世したため、家光の男系子孫は現存しない。
今回の展示は「花開く皇室文化」
↑
このドレスは実際に観るととても小さくて昭憲皇太后が小柄だったのがわかります。
ドレスは上のピンク系とお気に入りの紫のドレスの2着
昔のエントランス。
今回の目当てはレクチャーコンサートでした4月22日
ソプラノが徳川美術館にあわせて着物調の青地にオレンジっぽい花のドレス、ユーモアたっぷりで楽しかった。
ドレス、撮影させてもらえばよかった。
25歳のピアニストはバイエルは習わなかった
マーシ―山本教授が悪い奴音楽家ほど金儲けにうるさく有名になり(爆)
山田耕筰は瀧廉太郎の曲をいじった
↑
教授は紫が嫌い(爆)
ヴァイオリン、チェロ、クラリネットピアノで
曲は[宮さん宮さん」
バイエルの最初、途中、最後の曲や
昭憲皇太后作詩の「金剛石 水は器」
今は教科書から消えつつある尋常小学校唱歌
1年から6年までの懐かしい曲
瀧廉太郎VS山田耕筰
|
もし画像が消えていたら下をご覧ください。