<span itemprop="headline">あいちトリエンナーレ3名古屋市美術館</span>
blogramランキング参加中←応援お願いします。
あいちトリエンナーレ名古屋市美術館 このサイトに作品の説明、写真があります。
郷土の黒川記章設計です。
巨大なプラネタリウムもこの白川公園にあります。
サーカスなどの興業も出来る都会の中の公演、紅葉も綺麗です。
いつもの北側の入り口からは入れず南からです。
右は地下の常設展示。
入るとほとんど真っ暗、
石巻の小学校から黒板を頂いて愛知の子供たちが書きました。
有名な原爆詩人栗原貞子の「生ましめんかな」
こわれたビルディングの地下室の夜だった。
原子爆弾の負傷者たちは
ローソク1本ない暗い地下室を
うずめて、いっぱいだった。
生ぐさい血の匂い、死臭。
汗くさい人いきれ、うめきごえ
その中から不思議な声が聞こえて来た。
「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。
この地獄の底のような地下室で
今、若い女が産気づいているのだ。続きはこちら
↓イ・ブル 星の建築16
藤森さんの外の作品観忘れてしまいました。長者町会場に行くときに観てこなくては。
ルイ・ヴィトン名古屋ビル
現代の建築家の中でもとりわけ建築についての深い洞察ができる、いわばポストモダニズムの気質を残しつつ近代の思想を継承する建築家の一人である。 また、彼の思想「白く塗れ」を提唱し、個々の作品ではモノ同士が互いにヒエラルキーを無くして存在しているよう見えるように工夫されている。
1992年愛知県立芸術大学美術学部日本画科卒業。
1990年代半ばにはその実力が認められて海外でも紹介されていた。2001年に愛知県美術館で個展。2006年にアメリカのフォートワース近代美術館で個展「Focus」を開催。2011年に青木淳との二人展が青森県立美術館で予定されていたこともあり、彼はその準備のために名古屋と青森の間を頻繁に通っていた。展覧会は震災のために中止されたが、2012年にケンジタキギャラリーで発表された近作群には、彼が見ていた東北の風景と、彼が訪れた美術館で見た絵画が登場し ている。
1990年代半ばにはその実力が認められて海外でも紹介されていた。2001年に愛知県美術館で個展。2006年にアメリカのフォートワース近代美術館で個展「Focus」を開催。2011年に青木淳との二人展が青森県立美術館で予定されていたこともあり、彼はその準備のために名古屋と青森の間を頻繁に通っていた。展覧会は震災のために中止されたが、2012年にケンジタキギャラリーで発表された近作群には、彼が見ていた東北の風景と、彼が訪れた美術館で見た絵画が登場し ている。
ブーンスィ・タントロンシン《工場》(《スーパーバーバラ世界を救う》より)