riboni5235’s diary

英国庭園、ミュージカルファン、親子・ペアのアメショー3匹と暮らしています.バラ栽培アンティークも大好きです。よろしくお願いします!

<span itemprop="headline">ヤクザと憲法</span>

映画は憲法14条から始まる

すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。



引用初め
事務所の玄関を開け、カメラが中に入り、暴力団員たちの顔をモザイクなしで映し出す。地方局が作った異色のドキュメンタリー映画が話題を呼んでいる。本誌で山口組分裂騒動を報じるフリーライター鈴木智彦氏は、「現状、これ以上の映像ドキュメントは不可能というレベルの作品」と絶賛する。いったい何がそんなにすごいのか。鈴木氏がレポートする。
 * * *
『ヤクザと憲法』というドキュメンタリー映画が、全国のミニシアターで連日満員になっている。タイトルは、憲法14条が定める「法の下の平等」に、ヤクザは含まれるのかという問題を指す。
 制作は東海テレビで、まずは昨年3月、東海3県でテレビ放送された。評判は全国に伝わり、日本民間放送連盟賞の優秀賞を受賞。映画化されることになった。
 映画版の大ヒットには、山口組の分裂という予想外の宣伝効果があったろう。しかし実際かなりの力作なのだ。とにかく膨大な時間を掛けている。取材スタッフは実に100日間も指定暴力団・二代目東組(大阪市西成区)の二代目清勇会に密着し、40分テープ500本を撮影したという。
 朝、事務所の責任者がやってくる午前10時に毎日の取材が始まる。時に幹部会や総長の葬儀が挟まるが、主にカメラが追いかけるのはヤクザの日常生活だ。
 スタッフの質問は極めてストレートである。組員が持ち込んだテントを見つけて、「これ機関銃ですか?」「拳銃がないといざという時どうするんですか?」と畳みかけるシーンは、ヤクザも苦笑しながら「テレビの見過ぎ」と答えるほかなく、劇場でもかなりの笑いに包まれていた。
東海テレビ土方宏史(「土」の字は正式には「土」の中に「、」)監督は言う。
「最初は舎弟ってなんだとか、それさえ分からなかった。(ヤクザに)聞くと『お前らどんだけ知らないんだ。勉強してこい』と怒られるけど、うちは勉強せずに行く、考えながら走るというのが伝統。だから取材が始まって以降、ネットや書籍、『仁義なき戦い』などで勉強していました」
 取材は事務所当番が帰宅する午後5時頃に終わるが、時には食事に同行し、組員の自宅を訪問し、シノギの場面にも立ち会う。なにやら“覚せい剤のようなもの”を売買している様子や、“野球賭博のようなこと”をしているシーンさえある。
「上映したことで取材対象者が逮捕されるのは本意ではないので、法律相談は何度もしています。映っているものが野球賭博と仮定して、この映像で立件できるかということについて弁護士から『賭博開帳図利の犯罪については、賭けるほうと胴元が両方とも証拠がないとダメです。このシーンで犯罪を立件することは不可能』と返事をもらっています」(阿武野勝彦プロデューサー)
 車の事故を起こし、保険を使って修理した組員は、詐欺未遂事件と判断され、警察に捕まった。その件でガサ入れ(家宅捜索)に来た大阪府警のマル暴は、マスコミ取材にまったく気づかず、ヤクザと見紛う暴力的なカマシをカメラに晒す。
「謝礼金は支払わない。収録テープ等を事前に見せない。顔へのモザイクは原則かけない」という約束で取材をしているため、日常のシーンも濃厚である。川口和秀会長がふらりと出掛ける一膳飯屋のおばちゃんは、「ヤクザが怖くないんですか?」と聞かれ、「なんで?」と逆質問してカラカラと笑う。
 ヤクザの立ち位置を考えると、おそらくDVD化は難しいだろう。劇場に足を運ぶ価値は十分にある。
週刊ポスト2016年1月29日号 引用終わり

勿論私はやくざ映画も任侠映画も嫌いで観ることも出来ません。

テレビ放送も知らずアンコール上映になってようやく観ました。

東海テレビと言えば↓
清勇会の玄関扉はまともな家ではないのをうかがわせる。
ガサ入れ(家宅捜索)に来た大阪府警のマル暴の態度はどちらがヤクザ
かと思いました。

その車の事故を起こし、保険を使って修理した組員は、詐欺未遂事件と判断され、警察に捕まった。この人の家にも行ったインタビューアーに
妻と幼い子供との3人の写真を見せてこのころが一番幸せと言う。

ならばなぜヤクザに
誰も助けてくれなかったと。

もっと若い20ぐらいの男子も自分からヤクザになりたいと来たそうで、ヤクザを止める気もない。

一膳飯屋の女性は警察は守ってくれない

川口会長の方が守ってくれると。。

この川口会長は22年もムショにいた人、若い時よりカッコいい

銀行口座が作れず給食費が引き落とせないと悩むヤクザ

子供が保育所に行くのを止められたとも。

選挙権のない舎弟

この映画始めは「ヤクザと人権」と言う題のはずだった。

山口組の顧問弁護士も妻とは生き別れ?で一人で夕食。

やくざの世界を知りたいと言う誘惑に勝てなかったと。

この弁護士は自らも被告になりバッシングに疲れ果てて引退に追い込まれそう。

三浦友和の映画などの原作も書いたようです。
悲しきヒットマン』は、山之内幸夫原作のルポルタージュ本および、それを原作とした映画である。
1988年徳間書店初刊。当時山口組顧問弁護士であった著者が、「鉄砲玉」を通して見たヤクザ世界の内幕を書いたルポルタージュ本として話題になった。
映画以外にVシネマも、『新・悲しきヒットマン2』(1997年)、『悲しきヒットマン 蒼き狼』(2000年)と2作品製作されている。


 

彼は今のやくざはお金もなく依頼も取りやめてしまうと。

覚せい剤オレオレ詐欺はやくざの仕事ではないのかな。



引用初め
大阪の二代目東組二代目清勇会に密着。40分テープ500本におよぶ映像素材から72分に編集されたドキュメンタリー『ヤクザと憲法』が、2015年3月30日夜に放映された。そこに描かれていたのは、生活者としてのヤクザたちのあまりにリアルな日常だった。
中京エリアのローカル放送ながら、さまざまな手段を使って視聴した人々の評判が全国規模に拡大、噂が噂を呼び劇場公開が待望されていた。
今回、96分に再編集した劇場公開版の上映に先立ち、プロデューサーの阿武野勝彦氏にインタビュー。企画の立ち上げから公開に至るまでの秘話を語るその言葉には、これまで数多くの問題作を世に送り出してきた制作者としての矜持がにじんでいる。本作の企画者であり現場での取材を担当した圡方宏史氏(ディレクター)のインタビューと合わせてお読みください。

異端のテレビマンが、名古屋にいる。連日劇場を満席にするドキュメンタリー映像作品『ヤクザと憲法』を手掛けた東海テレビのプロデューサーであり、過去、数多の問題作を世に送ってきた阿武野勝彦氏(57)である。衒いなきテレビマンの言葉は、日本社会の歪みを静かに浮かび上がらせる。(聞き手=中村計・ノンフィクションライター)
 * * *
『ヤクザと憲法』は、取材班にとって最高の「修羅場」だったかもしれない。事務所内にあったキャンプ用具を見て「マシンガンですか?」と聞くシーンがある。

──撮影中、突っ込み過ぎて、本当に鉄砲が出てきちゃったらどうしようみたいな心配はなかったのですか。

「ぼくたちがやっているのは“手ぶらドキュメンタリー”ですから。最初に筋書きを考えるというのは、大枠の自主規制じゃないですか。もし犯罪シーンに出くわしたら、その時はその時で考える。でも、彼らも“寸止め”してくるんですよ」

──寸止め? でも、映画の中には、あやしげなブツの売買シーンや、高校野球を見ながら札束を封筒に入れるシーンが出てきますよね。

「どんなに食らいついても、彼らは、これは覚醒剤だよとは言わない。野球賭博らしきシーンについても、賭博開帳図利罪は、賭ける側と胴元、両方そろわないと成立しないので、あのシーンだけでは立件できない。彼らがそれをわかっていたかは不明ですけど、常にぎりぎりを見せてくるんですよ」

 そうした事実にこだわりつつも、一方では、あまりにも出来過ぎたシーンは捨てると話す。

「最終的に、どうだ、みたいな映像を見せなくて済むのは、時間をかけた余裕でしょうね。『ヤクザと憲法』も百日も通っていますから。これは臭いから見せないでおこう、とかができる。

 いつも狩猟型ではなくて、農耕型取材をしようって言ってるんです。時間をかけて種を植え、水をまき、刈り取る。テレビマンって、獲物をバーンと撃ってやるんだみたいな感覚に陥りがちじゃないですか。そうじゃなくて、状況の中にカメラを持ち込んで、その中を漂ってみればいい。時間だけはたくさんあげるから、と」

さまざまな部署を渡り歩き、さまざまな角度から物を眺めることができるせいだろう、阿武野の発言はテレビマンとしては異色かもしれないが、一般人に当てはめれば「真っ当」だ。
「視聴者がいい物語を求めていると決めつけているからでしょうか、ドキュメンタリーが均質化している。地方局のドキュメンタリーの祭典があるのですが、もっとも多いテーマは障害者を題材とした作品です。ハンディを持つ人間を励ましたいというより、励ましてる自分が好きなんじゃないの? って思ってしまう。

『ヤクザと憲法』なんて、全然いい話じゃないのに見たい人がいっぱいいる。視聴者は、事実を見たいんじゃないですか。美談なんて期待してないということに気がつかないと、ドキュメンタリーは時代に取り残されていってしまうと思いますよ」(文中敬称略)

■あぶのかつひこ/1959年生まれ。同志社大学文学部卒。1981年東海テレビ入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作。主なディレクター作品『村と戦争』『約束~日本一のダムが奪うもの~』、プロデュース作品に『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』『ホームレス理事長 退学球児再生計画』など。日本記者クラブ賞(2009)、芸術選奨文部科学大臣賞(2012)を受賞。
※SAPIO2016年4月号