2018-12-04 奄美の郷 鑑定団で紹介された一村の絵とこの切手に見ほれました。 奄美の一村記念美術館の続編です。 続田中一村記念美術館、展望台、← 一村記念美術館は生誕100年の年に増築されて清龍展で入選果たした「白い花」や徹底した観察と描写による「花と軍鶏」などの屏風絵や襖絵を展示しています 回廊部分には奄美出身の彫刻家重村三雄氏の代表作「いぶし銀の世界」を展示している。 奄美の郷は大きなドーム型← 奄美の自然、歴史、文化を映像や展示で学び最新の観光情報が提供されます。 奄美パーク← 鹿児島本土から台湾にかけて、およそ1200キロにわたって飛び石のように連なる島々。これらのちょうど中ほどに奄美群島があり、喜界島(きかいじま)、奄美大島(あまみおおしま)、加計呂麻島(かけろまじま)、与路島(よろじま)、請島(うけじま)、徳之島(とくのしま)、沖永良部島(おきのえらぶじま)、与論島(よろんじま)の8つの有人の島を総称していう。また、奄美群島は交通や交易の中継地として、黒潮の流れの中に位置することから、古くから人やモノがこの島々を行き交ってきた。南東の産物を求め渡ってきた北からの人や文化、黒潮にのって南から寄せてきた人や文化が出合い交わるところに、奄美の豊かな文化が生まれた。豊穣をもたらすといわれている海の彼方の理想郷・ネリヤカナヤ、姉妹(ウナリ)が兄弟(イヒリ)を守るウナリ神信仰、豊穣と安寧を願って行われるノロ(注1)の神祭り。「奄美のこころ」は、この海幸と山幸の恩恵を受けて育まれてきた。 奄美のシマ(集落)の多くが、山を背に海に面している。シマの背後にはカミヤマ(神山)と呼ばれる山があり、ここにシマを守る神、テルコの神(山幸の神)、ナルコの神(海幸の神)が降り立つ。はるか彼方の海には、神が住む豊穣の国、ネリヤカナヤがあり、目の前の海には、このネリヤカナヤから神が渡ってくる小さな島、立神が見える。集落近くの森とイノー(潮だまり)までが人の住む世界、そこから先は神の領域。この山と海との間で、人々は田畑を耕し、自然の恵みを受け、神々に守られて暮らしてきた。シマの中心部にはミャー(神を祀る清浄な空間)やトネヤ、アシャゲなどの祭場があって、シマの祭祀空間を形づくる。カミヤマと浜、それぞれからカミミチ(神道)がミャーに向かってのびており、祭りの日、この道を通って神がシマにやってくる。人々は神を迎え、もてなし、そして再び神の世界へと送る。シマは神と人とが出会う場でもある。シマにはまた、神が宿る聖なる川や泉、岩、巨木などがある。自然や事物には霊的なものが偏在し、諸現象はその働きによるとする精霊信仰と、シマを守護するノロへの信仰などが、シマの今日の文化に大きく影響している。 古来、奄美の人々は月の満ち欠け、星の動き、季節風、渡り鳥の飛来などを読んで暮らしてきた。← ショウガご飯にいつもつく骨付きラフテー 右の白いヨーグルトのようなデザートはみき。 「もともと奄美で古くから、各家庭や集落で、何かの行事のときとかに飲んどるものなんですよ。お粥さん状態のお米に芋入れて、寝かせて発酵させるっちゅう飲み物で、米の発酵飲料みたいな感じ。本土で言えば、甘酒に似てるかも。子どもはできたての甘いやつを飲む、年寄りは1カ月寝かして、発酵が進んで酸っぱくなったり、アルコールが少し出始めたものを隠しとって飲む、もともとがそういった飲み物なんですよ。← イカの刺身がもっちりと美味しい。 イカの名称? マネキンが真に迫ってます。 昼寝してます。