riboni5235’s diary

英国庭園、ミュージカルファン、親子・ペアのアメショー3匹と暮らしています.バラ栽培アンティークも大好きです。よろしくお願いします!

「男たちの宝塚」

イメージ 1
 
宝塚に男性の生徒がいた!
これは数年前に観たミュージカル「宝塚BOYS」初演で知りました。
 
又再演版を衛星劇場で鑑賞。
 
女性の役は一人だけ宝塚OBの出演です。
 
初演は大プリマ初風 諄、愛華みれ
 
水谷豊演じる特命係・杉下右京のもとを訪れて「ヒマか?」と声をかける課長・角田六郎役を演じ続けている山西 惇 
 
○team SEA
良知 真次、藤岡 正明、上山 竜治、木内 健人、百名 ヒロキ、石井 一彰、東山 義久
愛華 みれ、山西 惇
「そとばこまち」に参加演出と役者を兼ねる。
藤原君と共演、観ました

○team SKY
永田 崇人、溝口 琢矢、塩田 康平、富田 健太郎、山口 大地、川原 一馬、中塚 皓平
愛華 みれ、山西 惇
 
結局気の毒でしたが応募した男性の中にはのちの辰巳 柳太郎(のちに新国劇の屋台骨)や西野 皓三、橋蔵や北島三郎と共演した俳優や
サラリーマン、校長、などさまざまな人生を歩んだ。
 
本には彼らの宝塚ばりのブロマイドが載っている。
中にはつけまつげ拒否した人もいたが。
 
 
 
 
~STORY~
昭和20年秋・・・第二次世界大戦が終わったばかりの激動の時代。
幼い頃から宝塚の舞台に憧れていた若者・上原金蔵。彼は一枚の召集令状で青春を失い、
今度は自らの書いた一枚の手紙で、人生を変えようとしていた。
手紙の宛先は宝塚歌劇団創始者・小林一三。内容は宝塚歌劇団への男性登用を訴えるものだった。
折よく小林一三も、いずれは男子も含めた本格的な“国民劇”を、と考えていたのだ。
そうして集まったメンバーは、上原をはじめ、電気屋の竹内重雄、宝塚のオーケストラメンバーだった太田川剛、旅芸人の息子・長谷川好弥、
闇市の愚連隊だった山田浩二、現役のダンサー・星野丈治、と個性豊かな面々だった。
宝塚歌劇男子部第一期生として集められた彼らではあるが、劇団内、観客などの大半が男子部に反対。
前途多難が予想される彼らの担当者として歌劇団から、池田和也が派遣されていた。
池田は彼らに厳しく言い放つ。
「”清く正しく美しく”の歌劇団内では生徒といっさい口をきいてはならない。」
「訓練期間は2年。その間、実力を認められるものは2年を待たずに仕事を与える。」

男子部のメンバーはいつか大劇場の舞台に立てることを信じ、声楽・バレエ・・・と慣れないレッスン明け暮れる日々が始まった。
報われぬ稽古の日々が一年近く続く中、やっと与えられた役は・・・馬の足・・・。そして男子部の存在を否定するかのような事件が起こり、彼らの心中は激しく揺れ動く。
そんな中、新人・竹田幹夫が入って来る。
月日は流れて行く。やり切れない想いをかかえながらも、相変わらず日々のレッスンに励む男子部の面々。しかし、彼らの出番は相変わらずの馬の足と陰コーラス。
プログラムに名前すら載らない。それどころか、男子部反対の声はますます高まり、孤立無援の状況。
そんな彼らをいつも温かく見守ってくれるのは、寮でまかないの世話をしてくれる君原佳枝だけだ。

そんなある日、彼らの元に宝塚男女合同公演の計画が持ち上がった。
喜びにわく彼らだったが・・・・・・。
 
馬の脚しかできなかったり…
 
 
塚歌劇団に実在した「男子部」と、在籍した研究生の人生を追跡し、タカラズカの歴史に新しい光を当てたノンフィクション。2004年の出版をきっかけに、本書を原案とした舞台『宝塚BOYS』が誕生。男子部解散から半世紀を経て実現したOBたちの再会、『宝塚BOYS』上演、新たに消息がわかった研究生のエピソードなどを加えた、新版の登場。 👈

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

辻/則彦
演劇・映画ジャーナリスト。1952(昭和27)年12月31日、大阪生まれ。関西学院大学社会学部マスコミ専攻を卒業後、大阪日刊スポーツ新聞社に入社。文化部記者として演劇、映画などの取材を担当。独立後は演劇雑誌や新聞などに執筆(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 
コロリン
2006年8月20日
形式: 単行本Amazonで購入
男性の研究生がいたとは!それもほとんど、努力の甲斐なく報われない舞台人生を終えている。

コレはあまりな扱いだと思うと同時に、小林翁やおそるべし、である。そもそも少女歌劇が某百貨店の少年鼓笛隊の真似から始まっているというし。おとめなら退団後は結婚・女優の道があるが、この人たちはサラリーマンやセールスマンになったりして晩年も、宝塚にいたことを話さなかったという。なんだか悲しい。

ただ、由美かおるの「西野式」の西野氏がこの研究生の一員だったということに驚いた。氏が一番成功されたのだろうか。しかしそれも劇団のおかげではない。氏の精進の賜物だ。