<span itemprop="headline">ドラマフェイク、コミックギャラリーフェイク</span>
昨夜の美の壺「メリーゴーラウンド」アールヌーヴォです、芸術作品です。
機械遺産になってるものもあります。それは又次回。
フェイク京都美術事件絵巻が始まりました。
出征する若者のために本能寺の変をくぐりぬけた大事な天目茶碗でお茶をたててあげる、
当時は生きて帰って来てとは言えなかった!
これに似た話は実際に聞いたことがあります。
西村さんは
日本初のロボットとされる「學天則」を製作した西村真琴の次男(映画『帝都物語』ではその父本人を演じた)。
第二次世界大戦中は海軍飛行予備学生、末期には徳島航空隊の特攻隊員だった。しかし出撃機不良で基地に引き返し、その後終戦を迎えている。この特攻隊員時代からの友人に、裏千家15代家元の千玄室がいる。
西村さんは演技派で映画の悪役で有名でした。
俳優養成所の舞台芸術学院の特別講師を務めたこともあり、市村正親が卒業後、俳優修行の一環として西村の付き人をしていた時期がある。市村はその経験の中、西村本人と、周りに集まってくる名優たち(小沢昭一や三國連太郎ら)を見て「一流の役者の振る舞いや言動を知った」という。
大事なお客が来ているから十字に紐の付いた石を置いておくというのも聴いたような気がします。
ちょっと地味っぽいのですが京都らしい紅葉の茶室やお庭、再開発の話が絡んでいて良かったのではないでしょうか。
淡路恵子。さんがお元気で演技されています!
北斎の肉筆?も登場し、これからも楽しみです。
骨董の小説と言えば朝日の連載、
村田喜代子が毎朝楽しみだったものです。
『人が見たら蛙に化(な)れ』
ハタ師、店師?海上がりなど知らなかった骨董用語。
騙される方がダメと中島誠之助さんも言っていますが。素人を騙すのはいけません、骨董商同士の話だと思います。
乳ガンの話まであったようです。
伊万里、有田、唐津をあげるまでもなく、かつて朝鮮半島から陶工たちを連れ帰って窯を開いて以来の歴史と伝統ある舞台で繰り広げられる古美術商い(文中では骨董屋)の話。まず、次々に登場する高額の品々に関する描写が見事。写真はもちろん図版さえないのにその美しさが切々と伝わってくる。かつて窯を開いていた場所から破片を掘り出す盗掘や修復師の話も興味深い。
元は民話から来ているようだ。二つのタイプがあって、一つは嫁と姑の話で、姑がぼた餅に「嫁が見たら蛙になれ、わしが見たらぼた餅になれ」といって出かける。それを見た嫁がぼた餅を食べ、蛙を入れておき騒動になるという物語で狂言の「附子(ぶす/ぶし)」やひと休とんち話の原形になっている。
もう一つの話では、兄が遊び好きで金を遣い、弟は働き者で金をため、かめの中に入れ「兄が見たら蛙になれ、わしが見たら金になれ」といってためている。それを兄が見つけて金を奪って大騒ぎになる…。
実は村田の小説の前に、この言い回しを知っていた。それは白州正子の『縁あって』(青土社)のエッセイである。
http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/language/kaeru.html 人が見たら蛙になれと、昔、青山二郎さんは自分が集めた陶器についていった。誰が見ても立派なもの、一流のものは、お金さえあれば盲目でも買える。が、自分の個性を見い出すこと、もっと簡単にいえば、自分がほんとうにすきなものを発見するのは、ふつう考えているほどやさしいことではない。いささかの虚栄や欲心があっても、眼は曇るし、「人が見たら蛙になれ」と覚悟するには、よほどの勇気が要る。
面白いコミックもあります。子供が買っていたので全部読みました。
表向きは贋作・レプリカ専門のアートギャラリー『ギャラリーフェイク』を舞台に、オーナー藤田玲司が、様々な登場人物と絡みながら、時に世界を駆け巡りながら、絵画、彫刻などを通じて「アートとは何か?」を問いかける。主人公の魅力は、単なる守銭奴ではなく、アートへの奉仕者として清濁併せ呑む点にあるほか、美術・芸術・骨董の多方面に渡る薀蓄的描写も、読者の好奇心をそそる。助手サラ・ハリファとのほのかな恋の行方も気になるところであるほか、脇役・レギュラーキャラクターも多い。
また芸術に絡んで社会問題にも言及するなどしており、物語は美術方面の商業的な話題から推理サスペンス、コミカルな人間模様、陰惨な事件、時に憎み合い時に愛し合う人々の交流、文化財保護にまつわる制度面の問題など、多岐にわたる。
Wikipedia『ギャラリーフェイク』
良い作品です。また読みたくなります。