riboni5235’s diary

英国庭園、ミュージカルファン、親子・ペアのアメショー3匹と暮らしています.バラ栽培アンティークも大好きです。よろしくお願いします!

<span itemprop="headline">坊ちゃんと歌舞伎、ニューイヤーコンサートなど</span>


お正月の初芝居、テレビ番組はいかがでしたか。

私は1月はもっぱらテレビ鑑賞です。

偶然漱石100周年の記念ドラマ坊ちゃんを観ました。


映画「硫黄島からの手紙」でクリント・イーストウッドにも認められた二宮君の坊ちゃん、

演劇人の古田新太(本人が言うように冷静な山嵐でいつもと違う雰囲気、あまちゃんの彼は本人以上に本人です、笑)、

山本耕史(彼もいつもとは違い気弱な感じです、なにせ子役のミュージカルから観てますから)、

及川光博(いい役です)、岸部一徳宮本信子松下奈緒、又吉も出演。



下宿屋のおばさんがこんなに愛想悪かったのか、

原作読んだのは遠い昔で覚えてません。

端渓やターナーの事は子供で知らなかったのですが妙に印象強く、
後で本物ターナー観た時はこれか~と。

CMが大過ぎで閉口しましたが終わりまで観てしまいました。

生徒や温泉場面、そば場面も面白くて。

マドンナがこんなところでバイト?とか、
駆け落ちとか、原作とは違いましたが。

1994年に本木雅弘主演   ←未見ですがこちらに動画有ります。

その他、玉三郎の夕霧や中車の舞台が生中継されて良かったです。
さわりですが。

ウィーンニューイヤーコンサートでは初めてアフリカ系やアジア系の
ウィーン少年合唱団を観ました。これは又再放送録画したいです。

日本人によるニューイヤオペラコンサートではパイプオルガンやカウンターテナーの歌声にうっとりでした。

12月歌舞伎の感想もまだですが。




右が墨染、桜の精の玉三郎
こういうこの世のものとは思えない役がぴったりです。
渡辺保の劇評
玉三郎の墨染は、この人一代の当たり芸。この人の芸風をよく表した役でも
ある。その特徴は神話的な幻想の姿にある。歌右衛門梅幸だと墨染はあくまで
一個の人間であるが、玉三郎のそれは人間というよりも桜の精そのものである。
 たとえば桜の洞から出て関兵衛の上手で廻る「根ごして植えて春ごとに」、
ついで下手でふたたびグッと反って廻る辺りは、雪の降る天空を仰ぐその姿が
一人の女というよりも、桜―小町―墨染――女というイメージになる。こうい
う身体よりもイメージを描くところにこの人の芸の特質がある。
 関兵衛に声をかけての「こなさんに」というところの愛嬌にも場内がドッと
くるほどであった。





 
 
 玉三郎の創案になる常磐津、竹本掛け合いの「関扉」を見た。すでに五年前
京都南座で上演されたらしいが、東京では初演。むろん私も初めてである。
 最近の常磐津の低迷ぶりからなんとかこの名作を劇的にしたいという玉三郎
の苦心はわかるが、そのメリットもあり、しかし失われるものも少なくない。
 まずメリットから。
 第一に掛け合いだとドラマティックにはなる。おもに関兵衛が竹本、小町と
墨染が常磐津に分かれると、洋楽の男声女声のようになってドラマのメリハリ、
輪郭がハッキリするからである。
 第二にボリュームが出る。たとえば幕切れの墨染と黒主の立ち廻りで竹本常
磐津両方の三味線が合奏すると、ボリュームだけは出る。
 第三に今度のように歌舞伎座の大舞台での若手三人では、少しでも線を太く
大きく見せたいという配慮もある。それには竹本がいいという考え方である。
 一方デメリットも大きい。

松緑の関兵衛、松也&七之助の若手を相手にすると、中堅の貫禄を感じさせます。
この3人の手踊り、見どころの一つです。
関兵衛の所作に
  〽生野暮臼鈍(きやぼうすどん)情なし苦なしをみるようで
に「当て振り」をして、生は立木、野は矢を射る…という振りをする、ようですが、
歌詞がよく聞き取れず、見逃しました。

今回知った、星繰り、という小道具、星占いをさすのですね。
酒に酔った関兵衛が、大盃を飲み干そうとして、突如桜に執心する、
そのとき、天井から何やら降りてきている、のがそれです
雲を現す板に銀の玉が数個付いている、それが星、
桜を伐りたおし護摩木にして焚けば、大願成就、との占いに結び付く。

いつもは関扉、途中退屈してしまうのですが、
これが大局の舞踊であること、今回改めて感じ入り、
圧巻の玉三郎墨染に、仕合せ感いっぱいで帰途に着いたのでした。