<span itemprop="headline">世界遺産のトロギ―ル</span>
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4日目の午後は又世界遺産のトロギ―ルへ。
町章、可愛いいですね。↓聖ロブロ大聖堂、レリーフが有名
ロマネスク様式の門
1240年にダルマチア出身のラドヴァンの製作
1240年にダルマチア出身のラドヴァンの製作
アダムやイヴ、キリストの誕生や東方三博士の礼拝などキリストの生涯が描かれています。
1123年、サラセン人によって町全域が征服されほぼ完全に破壊された。しかし、トロギルは短期間で被害から回復し、12世紀と13世紀には力強い経済繁栄を見せた。1242年、ハンガリー王ベーラ4世はモンゴル帝国の侵入から逃れトロギルへ避難した。13世紀と14世紀、トロギル市民によってもっとも多く領主に選ばれたのは、シュビッチ家の者であった。ムラデン3世(1348年)は、トロギル聖堂内に残る墓碑銘によると『クロアチア人の盾』と呼ばれ、シュビッチ家を代表する人物の一人である。
トロギルは2300年に亘って続く植民都市としての伝統で人々を魅了してきた。豊かな文化は古代ギリシャ、古代ローマ、ヴェネツィア共和国の影響から生み出された物である。トロギルには小さな島の中に宮殿、教会、塔が多数、そして要塞もある。
トロギルには、アドリア海沿岸のみならず中欧でももっとも保存状態のよいロマネスク=ゴシック建築群がある。中世から続くトロギルの中心部は城壁で囲まれ、城、塔、住居、宮殿など、ロマネスクからゴシック、ルネサンス、バロックといったさまざまな時代の建物が保存されている。トロギル最大の建物は聖ラウレンティウス教会で、その西正門はラドヴァンによる傑作であり、同時にクロアチア国内でもっとも顕著なロマネスク=ゴシック様式の作品である。
要塞の島となったおかげで、モンゴルやオスマン帝国の攻撃を免れたから残っている。
ここでもアカペラがあり、教会の塔に登りました。
いつもは海外にも大きな一眼レフを持っていくのに、夫の勧めで急遽小さいデジカメをオークションで安く落としたためそのLumixを持参、
小さいだけあり午前中で電池切れ、ほとんど写真がありません。
聖ロブロ大聖堂に登りました。
トイレは有料なのでカフェでジュースなど頼んでトイレを借ります。
ここでもアカペラの人たちが美声を聞かせてくれます。どなたかがCD買ってくれてほっとしました。
ここのお昼はシーフードパスタでしたがこれがいつゆでたかと思うほど伸びきった素麺のようでした。ムール貝はよかったのに。
お土産やさんの人形
夕食はベネチアを思わせるポドストラナで魚の煮込みとご飯でした。骨いっぱいで食べにくい。赤魚は美味しい。
この日歩いたのは13301歩