riboni5235’s diary

英国庭園、ミュージカルファン、親子・ペアのアメショー3匹と暮らしています.バラ栽培アンティークも大好きです。よろしくお願いします!

与勇輝展と「やすらぎの刻」

昼の連続ドラマです、時々観ています。
今日は主人公が与勇輝展に鑑賞に行くところだったのに、観忘れました。
 
パリ凱旋・傘寿記念与勇輝展を観てきたばかりです。
 
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徹子の部屋にも与さんの人形が飾られています。
私は郷愁のある人形より洋風の「王子と乞食」などが好きです。
自作の人形を描いた絵や昔の絵本の表紙に興味がわきました。
 
 
玩具としてではなく、芸術品としての評価を確かなものにしている「人形」。それが作家・与勇輝が生み出す作品です。自ら自立する確かな造形、和服衣裳の縫い合わせから、靴の紐やボタンのひとつに至るまで全て手作りで行なう緻密な技、そして、何より、はにかんだ表情や何気ない指先のしぐさひとつに、まるで本当に血が通っているかのような錯覚を覚える圧倒的な表現力は、いまだ他の追随を許しません。「布の彫刻」とも称される与の作品には、俳優の故・大滝秀治や黒柳徹子、藤井フミヤをはじめとする、あまたの芸能人・著名人が魅了されてきました。
創作当初、童話の主人公を表現することを試みた与は、その後、自由な題材や作風を求め、妖精など想像性に富んだ人形や、大正・昭和の原風景に息づく、たおやかな人形たちを発表してきました。
人形創作を始めて半世紀以上、節目の80歳を迎えてなお創作への意欲溢れる与。2018年2月には12年ぶりにパリでの展覧会が開催され、自らも渡仏し、現地でも高い評判と評価を得ました。
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ドラマでは
 
軽薄なテレビに対する批判も倉本さんならではですが、
満州開拓団、戦争の話に期待します。
 
「いだてん」の予算を回してあげたい……「やすらぎの刻~道」を辛口コラムニストが絶賛
 
林操 そうそう。戦争がらみの昔話が挿入されるって話を最初に聞いたときは正直、さすがの倉本でも世代(御年84)やら政治的立ち位置やら最近の政治の状況やらからして、安易・安直な反安倍臭が嗅いでとれるような物語に仕立ててたりしたらもったいないなぁと、ちょと危惧もしたんだけれど、放送が始まってみて一安心。

アナ 政治色が濃いということはなく、でも、戦前・戦中の理不尽を描くことには躊躇がない具合で、「さすがの倉本」さんだと思います。

林 まっとうな大日本帝国批判がきちんと盛り込まれているあたり、「こんな真似はもう、NHKの朝ドラじゃできないだろ!」という倉本の意気さえ感じられるよね。風間の兄貴が徴兵を忌避して山窩の世界に逃げ込んだらしいとなったとき、追跡することになったのが兄貴の山の師匠の「山おじ」で、風間たちから兄貴を見逃してくれるよう頼まれた彼が断るシーンなんて、ホント「さすがの倉本」だった。

アナ 「仕方あるまい。時代に逆らったんじゃ」「ワシゃニッポン人だ」「御国に逆らうことはワシにはできん」「ワシは古い人間だ。あいつが国に逆らう姿を見過ごすわけにはいかん」……。
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わかりやすい「満洲暴走 隠された構造 大豆・満鉄・総力戦 」

安冨先生の本、3冊目です、どれも読みやすくわかりやすい
大事なことをわかりやすくは井上ひさしと同じですね。
 
800円の新書がアマゾンでは今4506円になっています。
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今の中国東北部は「樹海」だった。
 
その満州はトラを見ることも珍しくなく、ヒョウに至っては猫のごとく生息
 
私だったら狂喜乱舞する( ´艸`)
 
熊、ヤマネコ、シカ、満州カモシカ、キジ、うずら、鴨、雁、鶴、鷹。
 
樹木はもみ、カラマツ、白樺、アカシア、カエデ、ナラなど。
 
山葡萄、サルナシの実の美味しさは格別、大木から灌木まで実に様々な木々が
入りまじってノビノビ育っていた。
 
それがたった20年で緑あふれる母なる大地がただ一面の大豆畑へとべったりと描き替えられたのです。
 
日本の貧しい農民が満州へ移住させられました。
 
今放送中の昼ドラ「やすらきの刻」で描写されました。
 
中国人を追い出して
 
アマゾンやシベリアも同じ
ハンバーガーや牛丼食べるとアマゾンの森林が消える。
 
 
1937年から日中戦争
 
貴重な鉄をドンドン満州へもっていって汽車や貨車を作った。
 
日本の貴重なお金と資源をつぎ込んで必死になって鉄道を敷いて、
結局何も役に立たず
 
中国人の物になったのならまだいいのにソ連軍がかなりの量の車両や路線を戦利品として持って行ったのです。
こういう愚かなことを延々と勝必死でやっていた
 
戸籍というシステム
 
靖国神社と学校教育が導入されて、お国のためつまり天皇のために死ぬという
イデオロギーがでっち上げられて、国民に注入され続けた p174
 
徴兵制がなくなり、家制度がほぼ崩壊した後は差別につながる戸籍制度は
何意味もない。即刻廃止すべきです。
 
戸籍制度が残るのは日本と台湾ぐらい
 
 
「立場」が暴走し村ごと皆殺しにした平頂山事件 p192
 
ミュージカル「李香蘭」に登場する平頂山事件がここまで残酷だったとは、
ゲリラと平頂山の集落が繋がってるとみて
 
女性子供を含め3000人を殺し、集落を焼き尽くし、遺体の山を瓦礫がに埋めるというすざまじい証拠隠滅が図られた。
 
ゲリラが強いわけも読みました。
 
米国はベトナム戦争などでも負け続けている。
その米国の手先になってる安部政権は許しがたい。
 
平頂山の暴挙を止めようとした炭鉱次長の日本人もいたが聞き入れられず。
 
その人たちが戦後死刑になりました
 
直接の実行者たち軍関係者は転属や配置替えで身柄確保を逃れた
 
 
 
 
 
 
 
第9回 安冨歩「歴史に学ぶ」
       

日本は満洲国のように崩壊しつつある

 
 東京大学東洋文化研究所教授の安冨歩さんは、「男性のフリ」をやめてスカートを履き、ファッションを楽しみだしたことで、自分らしい生き方ができるようになったと言う。そして同時に女性の装いをする男性に、「同性愛者」や「性同一性障害」といったカテゴリーを当てはめることの暴力性を指摘する。それは、誰かがイメージを作り出して、人に押し付けるものに過ぎないからだ。実際、安冨さん自身は異性愛者で、やはり異性愛者の女性パートナーとともに生活している。

 安冨さんはこの「イメージと事実」の違いは、わずか13年で崩壊した「満洲国」(1932~45年)にも当てはまると語る。
「満洲と聞いて人々が抱くイメージって『赤い夕陽が地平線に沈む大地を、満鉄が駆け巡る』みたいな、ロマンあふれるものですよね。でもそれは日中戦争前のメディアが作り出したイメージで、リアルな満洲は違います。鉄道のできる前、そこは樹海と呼ぶにふさわしい、大森林地帯でした。満洲国を支配していたインテリ層は新京(長春)や奉天といった南満洲鉄道(満鉄)沿線の都市部に住んでいて、後背地のことなど、本当はよく知らなかったんです。満蒙開拓団として日本から移住してきた人たちも、外界から遮断された開拓村に引きこもり、中国人などとの交流はほとんどありませんでした。実際に住んでいた人たちですら狭い範囲しか知らなかった。「夢とロマンの大平原」というイメージは、侵略を煽るためにメディアが作り上げた幻想です。それを日本人は未だに、追っているに過ぎません」
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 では、わずか13年で終わった満洲国同様、この「日本立場主義人民共和国」も崩壊が近いとしたら、その後を生き抜くためには、どんな心構えが必要なのだろうか?
「一人ひとりが立場でなく、自分を生きることを考えるしかないと思います。そのためにもまず、『競争に勝つことが偉い』という洗脳から抜け出すこと。なぜなら今の日本社会は全員が同じコースを走ることになるので、有力な家の出身者など、有利なスペックを持つ人以外は、簡単に勝てないようになっています。だから自分だけの脇道を走って、自分なりのゴールを目指さないと。孫正義さんがいい例です。在日韓国人の彼は王道を行っていたら有利に戦えないからと、高校からアメリカに渡る『脇道』を歩んで、見事にチャンスをつかみましたよね? 誰も行かないような脇道はキケンだという、思い込みを捨てればいいんです」
 そしてもう一つ、生き方は選ぶものではなく変えるものだから、「明日から別の生き方を選ぶ」ではなく、「立場を手放してから変わる」という心構えも必要なのだと、安冨さんは続ける。
「自分でないものになるために、やりたくないことをして『立場』を手に入れても、決して幸せにはなれません。やりたいことをやって、欲しいものだけを手に入れるようにしていると、周りから『あいつは変わり者だ』と嫌われるかもしれません。しかし他人が作ったイメージを信じて立場にしがみついていたら、魂を誰かに譲り渡すことになります。
 人間は『今の立場を手放したら奈落に落ちる』と思いがちですが、落下してもせいぜい5センチ程度ですよ(笑)。そしてそれで友人が離れていったとしても、別の友人が5人の仲間を連れて現れるはず。その5人がそれぞれ違う5人を連れてくれば、幾何級数的にネットワークが広がります。するとポジティブなフィードバックが起きて、社会が劇的に変化するのではないでしょうか。こうして一人ひとりが立場ではなく自分の生き方を見いだすことができれば、戦争に向かって国家が暴走することを今度こそ防げると、私は思っています」
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山本太郎さんが安冨先生を候補者にしたわけがわかります。お二人ともよく研究されてます。

ジーザス・クライスト・スーパー・スター、WOWOW鑑賞

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多分初めて生のミュージカル鑑賞はこのジーザスでした。
 
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ロンドンの劇場のパンフ。
 
 
 
 
 
 
劇団四季の山口・市村。野村、その後、ロンドンでも鑑賞、映画版もテレビ鑑賞。
 
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この踊りだしたくなるような、心躍る音楽、そして哀しいお話、
初演当時はキリスト教徒から批判があったそうですが。
 
最後は弟子や民衆からも見捨てられるジーザス。
 
昨日テレビ鑑賞した舞台は2人の主役がアフリカ系、
 
アジア系と思しき俳優も。
この舞台では壁画をバックに観客もジーザスに熱狂する民衆になり迫力満点。
 
最期は泣けそう
 
 
ジーザス・クライスト・スーパースター Live in Concert
 
WOWOWより
 
 
イエス・キリストの最後の7日間を鮮烈なロックミュージックで綴るロック・オペラ。キリスト役でステージデビューを果たしたグラミー賞常連のジョン・レジェンドに注目。
アンドリュー・ロイド=ウェバーが作曲、ティム・ライスが作詞し、1971年にブロードウェイで初演され大成功を収めたロック・オペラの金字塔。演出は、『偽りの忠誠 ナチスが愛した女』で映画監督デビューしたデヴィッド・ルヴォーが務める。ジョン・レジェンドに加え、マグダラのマリア役のサラ・バレリス、ヘロデ王役のアリス・クーパーというグラミー賞の常連やブロードウェイのベテラン俳優も出演する。ロック・ミュージックで綴られる貫禄のパフォーマンス、ライブ感満載のステージ

ライオンのソラ、マレーぐま、サスカッチ、アキちゃん、

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8月14日、台風の前で時々小雨。直射日光がやわらいだので動物園へ。
 
木の枝が角に絡まってしまいました。
野生ではこの時期角はないのだそうですが動物園だから。
 
 
 
ライオン3頭はルナの発情で又別々の勤務。
息子のソラはママの部屋の前にいました。
 
ソラは甲状腺の病気なのでお嫁さんはもらえないのかなあ。
 
 
 
 
 
マレーグマのマーチン
 
2頭別々に出ていました。
本物の木ではないので熱いだろうに登ってました。
 
熊の中では一番小さく愛嬌があります。
 
 
足の裏、爪もよく見えました。
25センチぐらいある長い舌は収納
 
 
 
 
 
 
はちみつ配布の時間に当たると面白いのですが。
天王寺と東山でそのシーン観ました。
 
 
 
 
横顔、ワンちゃんに似ていませんか。
 
 
蝦夷ヒグマ、一度魚もらったところを観ました。
 
 
 
暑くてお気の毒なサスカッチさん、国内最高齢
 
餌がないのでカラスや鷺がいない( ´艸`)
 
 
この子はもう大きくなっています。
 
コアラの赤ちゃんの名前がきららに決定。
 
コアラもユーカリの葉をかえるときにご覧ください。
木から木へ飛んだり、地面を歩いたりしています。
 
 
オランウータンのアキちゃん
 
アキちゃんが飼育員に餌をもらうときに遭遇したのは1回のみ。
 
トラ舎やオランウータン舎は新しい家、どんなになるのでしょうか。
 
 
ワオキツネザルの子供は奥のほうで親と寝ていてうまく撮影出来なかった。
 
 
この口をとがらせるポーズはよくやっています。
茶髪のお嬢さん
 
7月に小さな赤ちゃんだったオオアリクイが長ーい顔になっていてびっくり、
それは次回に。
 

「母と暮せば」舞台版

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衛星劇場で本作を鑑賞しました。
映画版と違う結末、被爆者を実験材料とする米国の非情さが真に迫ります。
2人芝居で町子も出ません。
脚本も演者もよかった。映画も観ましたが。
 
 「父と暮せば」も私は映画版より舞台版が好きです。
 
独りぼっちになった母に亡き息子が
 
「誰が独りぼっちか。
ずっと母さんのそばで見守っている、父さんも兄さんもおばあちゃんも…」
 
子供を失った哀しみに加えて、自分自身も被爆の症状が出てきて…
 
 
 
 
井上ひさしの思いを継ぎ、山田洋次監督が製作した映画『母と暮せば』が2018年秋、舞台化する。井上ひさし作品を中心とした演劇活動を続ける劇団こまつ座の「戦後“命”の三部作」の第三弾という位置づけ。こまつ座で『木の上の軍隊』(蓬莱竜太作)の演出も担った栗山民也が演出を手掛け、劇団「渡辺源四郎商店」主宰で青森を拠点に活動する劇作家・畑澤聖悟が脚本を担当する。
7月28日に行われた製作発表では、出演者の富田靖子松下洸平、脚本の畑澤が登壇した。会見の模様をお伝えする。
まず、『母と暮せば』が誕生する経緯を振り返りたい。

井上ひさしが上演し続けて欲しいと願った作品の一つが、1948年のヒロシマでの父娘の物語『父と暮せば』だった。生き残ったことに罪悪感を抱きながらひっそりと暮らす娘の元に、原爆で死んだはずの父が現れて娘の恋を応援するという二人芝居だ。
井上は新作として沖縄、長崎を舞台にした作品も書く予定だったが、構想途中のまま2010年4月にこの世を去った。その遺志を継いで、新たな作品づくりが進められた。
13年には、オキナワの「今」を見つめた『木の上の軍隊』(蓬莱竜太作)を発表。16年にはこまつ座公演として再演を果たす。
15年には、井上ひさしが長年願った『父と暮せば』の対になる作品を残すという構想を受け継ぎ、山田洋次監督が映画『母と暮せば』を製作した。長崎で被爆した母と亡き息子の幽霊の交流を綴った作品だ。その映画の流れをくみながら、舞台『父と暮せば』、『木の上の軍隊』に次ぐ、こまつ座「戦後“命”の三部作」第三弾として、今回の舞台が作られている。
 
 
 

安冨歩「原発危機と東大話法」

  

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安冨さんの本は「誰が星の王子様を殺したのか」に続き2冊目です。
 
これも納得の本です、
 
「お偉い」教授の欺瞞に満ち、一般人を小ばかにする態度、物言い
 
プルトニウムを水と一緒に飲んでもすぐ体内から排出される」
 
こういうことがどうしていえるのか。
 
この本読んでわかりました。
 
原発事故ばかりではなく、今の日本に蔓延している現象です。
 
このままでは日本人は滅びるでしょう。
 
 
メモも取らず、本を返却してしまいました。
次は「満州暴走隠された構造」を読みます。
 
 
 
安冨さんもチェルノブイリの事故でで日本の原発事故を心配してはいたが、
やり過ごしてしまった反省から書かれたのではないでしょうか。
 
 
 
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Natural Born Runner
2012年4月11日
 平成21年度、文部科学省の科学研究費補助金の総額は527億円。原子力関係経費の総額は4557億円。

 つまり、原子力というたった一つの狭い分野に、科学全学問分野の研究費の9倍近い国費が流れ込んでいる。そんな金と権力にまみれた世界で、長年、正気を維持し、危険性を訴え続けた驚くべき学者として、武谷三男さん、高木仁三郎さん、小出裕章さんの3人が、この本にとりあげられ、その姿勢を称えられている。

 3人の中でただ一人ご存命の小出先生が、「私の気持ちを正確にお書きくださり、ありがとうございます。この本の書かれた根拠・意義に賛同します」というメッセージが帯に添えられている。

 フクシマ原発の事故が発生して一年以上の時が流れた。これまでに政府の原発関連機関で中心的に関わった東大の学者で責任を取ったものはいない。それどころか、そもそも自分たちに責任があると微塵も思っていないことは、事故後のインタビューその他の映像で見てきた通り。これらの人種に対して、開いた口が塞がらないと思っていたのは外部のみではなく、東大内部にもいた。

 この本の著者は、現役の東大教授の安富歩さん。彼の分析によると、「徹底的に不誠実で自己中心的でありながら、抜群のバランス感覚で、人々の好印象を維持し、高速事務処理能力で不誠実さを隠蔽する」のが東大に蔓延する「東大文化」であり、東大原子力の使うごまかしのロジックを「東大話法」として、いくつかの項目を「東大話法規則」として上げて、詳細に糾弾している。

 規則の一つ。東大の人が得意とするのは、ある問題について書かれたものを大量に読み、それをいくつかのグループに分けて他人の意見を整理して、自分は、問題の外側に立って「冷静に観察している」という「客観性重視」のポーズをとった論文を書くこと。

 ところが、こういう手際よく大量に生産されている正当的とされる学術論文は、どれもつまらない。なぜなら、「客観性」を志向するフリをしながら、結局のところ事態を「傍観」する事になっている創造性ゼロの論文だからだと著者は語る。

 問題は、つまらないという事では済まない。なぜならこれが「学術的」で「客観的」な方法という事になるとつまらないものを書ける「傍観者」こそが「専門家」であって、それができないものは「素人」という論理となり、たとえば、小出裕章さんのような正当な学問的視点を壊滅的に破壊する暴力となる。

 著者は、社会的「立場」と「役」を果たすことで消耗しきっている現代日本人の原発に対するおどろくほど無関心な態度は、実は、戦前の日本人と戦争の関係に非常に良く似ていると云う。今こそ日本人は「魂の脱植民地化」について真剣に取り組む事が必要だという。

 今回の原発事故のあと、原子力関係の「専門家」や「官僚」の言う事が信頼し得ないという事に気づいたのは、まぎれもなく正しい判断だ。しかし、それが、科学技術全体、権力機構全体への不信へとつながっていることこそが、今回の原発事故の最悪の結果。
特に、原発に反対する日本人の多くが、何も信じられない不条理の海に投げ込まれた結果、欺瞞と筋の通った話の見分けさえもつかなくなり、オカルトや陰謀論のたぐいを受け入れる非常に危険な事態が進行している、と著者は言う。

 まさに不誠実の引き起こした負の連鎖。
 
 
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