<span itemprop="headline">世界遺産ヴェネツイア展とベン・シャーン展</span>
ずっとお天気が悪く日が差さず寒くて閉じこもってばかりいるとどんどん落ち込みますので2日続けて美術展に行きました。
ヴェネツイアは一度しか行ってませんが巨大な壁画などは忘れられません。
無数の杭をうち込んで作った〔それであんなに立派な石の建物が建っているなんて不思議です〕千年の海の都ですが絵画・建築・彫刻・音楽・演劇などの文化も花開きました。
平日だというのに結構混んでいました。
この美術展はヴェネツィア市立美術館群(コッレール美術館、ドゥカーレ宮殿、モチェニーゴ美術館、ガラス博物館、モチェニーゴ宮博物館、カ・レッツォーニコ、IREヴェネツィア養老院教会他)から約160点の作品が遠路はるばる来日しています。
弐代目青い日記帳さんに詳しい記事と画像があります。
最近は貴族の衣装なども展示があります。有名な女性の高下駄のような靴、ヴェネツイアは特に水浸しになることがありますから。こちらに画像があります。http://go-venezia.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-1be6.html
目立ちたい、貴族あるいは娼婦の靴とも聞いたことがあるのですが。
はじめは華美な衣装を隠すためのマントも禁止されたこともあるそうです。
ほかの目的に使用されたようです。
おつきの人に支えられないと歩けない。運河に落ちた女性もいて一四三〇年五〇センチ以上の高さのチャプニーを禁止した こともあったそうです。
日本の江戸時代のおいらんや中国の纏足、体を傷つけても流行はやめられないのでしょうか。
パリの装飾美術館で先割れのハイヒール〔まるで足袋のような靴〕見て靴の歴史を調べてもその靴のことはわかりませんでした。
ヴェネツイア文化が最高潮の16世紀に人口は17万人〔現在の本島は9万人〕
うち娼婦が1万人以上もいたそうです。
遺産の分散を避けるためにヴェネツイアでは結婚できるのは兄弟で一人だけ!約半数の貴族が独身!船乗りたちとこのおびただしい独身者のはけ口としての娼婦。
日本の江戸時代もそうでしたね。
武家は長男以外は厄介者、結婚できてもずいぶん年取ってからだった町人。
モンローやクリントンはブロンドに染めていますがこの時代のヴェネツイアの娼婦も屋上のテラスでいく種類もの水溶液や灰汁をつけた髪を暑さにさらされながら日にさらしてブロンドに染めました。
彼女たちの多くは性病にかかり零落しました。
扇の展示もありますがあの神戸ファッション美術館で見たような見事な美氏鋳物はなくだいぶ痛んでいました。
ヴェネツイアングラスやマジョリカ焼きの前では熱心な見学者がたまっていました。
華やかなピンクやブルーの花々の巨大シャンデリアやガレー船の模型、大きな地球儀、石の立派な井戸、絵画などの展示です。
ヴェネツイアの模型です。
20世紀のアメリカを代表し、社会派の作家として知られるベン・シャーン(1898-1969)の展覧会は後日に。すいていました。
アメリカの水爆実験の被害者久保山愛吉さんの絵も展示されています。