<span itemprop="headline">初めての仙洞御所訪問</span>
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上は仙洞御所の入り口ではありません。入り口はこれより北でした。
京都御所の南東にある仙洞御所、初めて訪問しました。
大宮御所 別名女人御所と言われ皇太后の御所
桂離宮を再訪したかったのですが真冬でもネットの予約取れません。
予約できたのは仙洞御所一枚のみ。
身分証が必要なので申し訳ないけど私のみ翌日参観させてもらいました。(連れ合いは車で待っていてくれたので)
やはり昔ながらのハガキが良いのでしょうか。
修学院離宮はネット予約出来たのですが。その時に様子は↓
イングリシュガーデンのように突然現れる修学院離宮の絶景、それまでは急な坂道で高い生垣に視線が遮られているのです。
桂は建築、見学には修学院が一番と言う話がありますが、いかがでしょうか。
大宮御所の御常御殿 松竹梅の庭
このレースのカーテンの中はなんと洋室で天皇皇后さんがお泊りに
なるところだったそうですが耐震に問題があり今は京都迎賓館に宿泊されるそうです。
お正月にテレビで迎賓館の特番観ました。
説明なければ15分で終わるというお庭、一時間かけて説明していただきました。
紀貫之の邸宅後だった場所に、石碑があったのに撮り忘れました。
詳しい仙洞御所訪問記←園芸おじいちゃんの仙洞御所訪問記
右のほうに藤棚が見えてきました。まだ咲き始めでした。
ここは紅葉の時期が良いそうです。
ペアの様な鴨が泳いでいきました。鷺もいました。
南池を囲む石浜は、小田原藩主大久保忠真が、米一升で一個の石を集めさせたという。
天皇さんはボートがお得意でここでも舟遊び
写真なんかと比べ物にならないほど静寂で気持ちのよくなるお庭です。
現在、京都市にある京都御苑内には京都御所の南東に仙洞御所が位置している。これは1627年(寛永4年)に後水尾上皇のために造営されたもので、正式名称は桜町殿という。東部には広い池を中心に庭園が広がっている。初め小堀遠州によって築庭されたが、のちに後水尾上皇の意向により大きく改造されている。
仙洞御所の建築群は1854年(安政元年)の火災後再建されず、現在では庭園のみが残っており、1867年(慶応三年)以降には隣りの御常御殿が残る大宮御所に組みいれられ、皇室の京都における邸宅として整備された。庭園の周辺が空地であったため京都迎賓館建設の声が上がった際には、その候補地のひとつにも挙がったが、結局別の場所に建設された。
なお、仙洞御所東北に隣接する京都大宮御所は後水尾天皇の中宮であった東福門院の女院御所として造営されたものが元となっている。前述のとおり京都大宮御所は御常御殿を改修を行いそれに伴い仙洞御所との塀を除きこれを組み入れた。大正時代には大宮御所の御常御殿が内装などが洋室に改装されるなど住居としての実用性が向上し、仙洞御所の庭園を合わせた邸宅としての装いが整った。現在では大宮御所と仙洞御所を合わせた邸宅を単に「大宮御所」と呼び天皇、皇后、皇太子及び皇太子妃の京都府への行幸啓(帰京)の際の滞在施設として使用されている。